シンプルな生活

引き算の人生を生きる

シンプルな生活
これからはシンプル・ミニマルな生活をしていきたい

※この記事はnoteに2021/11/10に投稿した記事を転載したものです。

会社を辞める前に部屋の物を減らしたくて、2回粗大ゴミを捨てた。1回目はラグのカーペットと敷布団で、2回目は座椅子とアイロン台を捨ててきた。

大きな物を捨てるとスッキリして部屋が広くなったように感じる。捨てようかどうか迷っていた物が無くなると、その事について考えなくてもよくなるので気分的にもスッキリする。

働いてお金を稼げるようになると欲しい物が買えるようになるので、ついつい何でも買ってしまいがちだけど、大抵の物は使わずにタンスの肥やしになる事が多かった。

でも買う時は欲しくて欲しくて買ったので、買った時点で満足していたのかもしれない。事実、欲しい物を買ったけどほとんど使わず、すぐに別の何かが欲しくなるなんて事もあった。結局、買い物をしても使わないガラクタが増えるだけで、物を手に入れる=幸福度が上がる事ではない。それに気がつくまで随分と時間が掛かってしまった。

もう一つ大きな断捨離をしたのが車だ。僕は大学生の頃に免許を取って、必死にバイトをして中古のマイカーを買って以来、20年以上車を所有する生活を送ってきた。車があったお陰で楽しいこともあったけど、車に使ったお金の事を考えると、1,000万円は下らないだろうなと思う。

今の自分なら1,000万円あったら米国高配当株のETFに投資して年間30万円くらいの不労所得を得ると思う。当時はそんな知識も無く金はあればあるだけ消費に使うことしか頭になかった。まぁ過ぎた事はしょうがない。

会社を辞めて地方移住する前に車を売る決断をした。もう会社員をやるつもりはサラサラ無かったので、収入が下がっても大丈夫なように維持費に毎月金が吸い取られてしまう車は手放そうと考えた。今までの人生の半分以上をマイカーのある生活を送ってきたので、車を手放すというのは結構勇気のいる決断だった。

今は車を手放して良かったなと思ってる。経済的にも楽になったし車に関する保険や駐車場・メンテナンスなどのやらないといけない雑事が無くなって生活がスッキリした。車を手放すことで時間とお金にゆとりが生まれたわけだ。僕は125ccのバイクを1台所有しているので、それで十分事足りている。もし車を所有し続けていたら、とても週4日のバイトで生活するなんて事は出来なかっただろう。

若い頃、自分は沢山稼いで欲しい物をなんでも手に入れたいと思ってた。テレビのCMや街に出れば欲しい物が沢山目に飛び込んでくる。ブティックの洒落た服、最新の家電製品、カッコイイ車・・・、欲しい物を手に入れるために辛いのも我慢して働いてきたけど、結局それら全てを手に入れた所で人生は何も変わらなかった。生活を便利に快適にしてくれると思って物を買っても、その支払いや維持のために長時間のストレスフルな労働を強いられていたのだから幸せになれないのは当然のことだろう。

会社を辞める年に広島に2週間くらい出張で行く機会があった。その時はスーツケース一つに入る分だけの必要最低限の荷物を持って行っただけだ。3日分くらいの着替えの下着とノートPC、スマホの充電器とかそんなもんだ。そんな持ち物でビジネスホテルで2週間生活したけど、何の不便も感じなかった。むしろ余計な物を持ってこなかったお陰で余計なことに時間を取られなくて快適だった覚えがある。

結局、お金を稼いで生活を拡大していこうとしていくと、どこかで行き詰まることになると思う。良い部屋に住んで、良い車に乗って、欲しい物を買っても、心が満たされないという事に気がついてしまうわけだ。物が増えても、結局日常的に使うものは一部の物に限られてしまう。使わない物を処分すると二束三文にしかならない。それなら最初から買わないほうがマシだ。

人生の後半になってようやく気が付く事が出来たけど、余計な物を持たないようにして、面倒な義務や責任から解放されてシンプルな生き方をした方がずっと良い。40代に入って嫌でも人生の残り時間を意識するようになった。若い頃思っていたよりも、ずっと人生は短い。金を使いたいが為に労働に縛られていると人生が勿体無い。もう残りの人生は物欲に振り回されずに、シンプルな生活を送っていきたいと願ってる。

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