名古屋に住んでいた頃の話

10年以上住んだ思い出の地

10年以上住んで、思い出が沢山ある名古屋

20代の後半から40過ぎまで、僕は名古屋で暮らしていました。

住んでいたのは名古屋市の天白区です。

20代の後半に当時勤めていた、レンタルビデオショップのマネージャーの仕事を辞めて無職になろうとしていた僕は、仕事を求めて名古屋に引っ越したのでした。

天白区を選んだのは、引っ越し前に住んでいた所から近かったからというのと、家賃の相場が安かったからです。

適当に飛び込んだ不動産屋さんで、この周辺は一人暮らしの学生が多く、家賃が安いよと教えてもらったので決めました。

会社の退職日前に部屋の契約だけ済ませて、引っ越しました。

無職だと部屋の審査に通らなかったでしょうね。

次の仕事がまだ決まらぬままの引っ越しでしたが、当時は嫌な仕事から解放されてホッとした気持ちの方が強かったです。

「ま、何とかなるだろう・・・」と若かったので、楽観的な気持ちもありました。



 

天白区はどんな街だったか

 

求人誌で見つけた工場の派遣の仕事を申し込んだら、1回の面接でアッサリと採用されました。

当時は世間知らずだったので、これが地獄の入口だったとはつゆ知らず、これで生活していけるなと安堵していました。

この派遣会社の待遇が酷くて、自分が社会の底辺に落ちたと痛感する日々が待っていたのですが、後々この仕事を真面目に頑張っていたお陰で、直接雇用・正社員の道が拓けたので人生わからんものです。

さて、話を引っ越し先の事に戻します。

天白区で借りた部屋は6畳1Kの狭い部屋で、ベッドやテーブルを置いたら腕立て伏せもやりにくいくらいの部屋でした。

ユニットバスで、お風呂・トイレ・流し台が一緒になっていました。

当時はお金が無かったので、家賃が安くて住めるなら文句は言えません。

天白区は地図で見ると、名古屋の東の端の方にある区です。

住宅街が広がっていて、鶴舞線と桜通り線の地下鉄が通っています。

鶴舞線の沿線には名城大学が有って、若い大学生が多い街でした。

僕が住んでいたところのすぐ近くに天白川が流れていて、よく散歩やジョギングをしていました。

天白区は人がゴミゴミしていないし、道も広くて生活しやすい所でしたね。

休日は車で知多半島まで釣りに行ったり、フットサル場に行って知らない人達に混じってフットサルをしていました。

まだ若く、バイクと出会う前の話です。

 

名古屋という土地柄

製造業が多く、経済的には豊かな土地柄です

さて、新しい職場で働き始めて気が付いた事に九州から仕事の為に来ている人が結構いる事でした。

純粋に名古屋出身の人もいましたが、他の土地から来ている人も多く半々くらいかなという印象でした。

沖縄だったり、東北だったり、いろんな人が遠く離れた土地から、仕事を求めて名古屋に流れて来ているんだなと知ったのです。

当時は景気が良く、仕事は忙しかったです。

残業や休日出勤が多く、手取りの給料を貰って額の多さに驚きました。

サービス業より製造業の方が給料が良いと知ったのもこの頃です。

当時は周りに若い人が多かったので、夜の街に飲みに行く機会も多かったです。

二次会に、キャバレー・キャバクラに行くのがおきまりの流れで、女っ気の無い職場だったので、そういうお店で若いお姉さんと知り合うしか出会いがありませんでした。

水商売をしている女性も色んな土地から移住して来た人が多く、いずれ消えて居なくなっていくのが普通でした。

何人か仲良くなった娘もいましたが、長続きした試しがなく、時がくればお別れというパターンです。

若い頃に知り合って通り過ぎていった人達は今頃みんなどうしているんだろう?って時々思います。

名古屋はトヨタをはじめ大手製造メーカーの工場が多く、期間工・派遣の仕事が沢山ありました。

当時は景気が良かったので製造業で働いていた人達は良い給料を貰っていた事だろうと思います。

水商売の人達も、その恩恵に預かって儲かっていた事でしょうね。

週末の夜の錦とか人が多くて賑やかな雰囲気で、まだ若かった頃はそういう街で遊ぶのが好きでした。

今はすっかり製造業も不況なので、錦の街もどんな状況になっているんだろうって思いますね。



 

名古屋の食文化

名古屋めしの中でも、あんかけスパゲティは特にオススメ

名古屋には独特な食文化がありました。

まずは喫茶店のモーニングが豪華だった事です。

コーヒーを頼むだけで、同じ値段でトースト・サラダ・生卵が付いてきたりします。

休日の朝にモーニング食べながら、喫茶店でゆっくり過ごす時間は至福でした。

また、味噌煮込みうどんや味噌カツなんかも名古屋独特の食文化です。

人によって好みが別れそうですが、甘辛い味噌の味が濃厚で美味しいんですよね。

味噌カツは僕も大好きでよく食べてました。

あと、あんかけスパゲティはとても美味しくてオススメです。

街のパスタ屋さんで食べる事が出来て、スパイシーな感じがビールとよく合うんですよね。

茹でたスパゲティにソース和えイタリアパスタとは異なり、あらかじめゆで置きしておいた太いスパゲッティを、焼きそばのように、ラード植物油炒め中華料理のような粘性とコクのある辛味の効いたソースがかかった料理である。この辛味は胡椒をたっぷりと使うためであるが、味のベースはトマト味である。ミートソース名古屋人好みの味に仕立てようとしてできたと言われる。

出典:ウィキペディア

今は名古屋を離れてしまったので、これらの名古屋めしが少し懐かしく感じますね。

 

名古屋走りについて

噂に聞く名古屋走りだけど、運転マナーの悪い人間は何処にでもいます

名古屋と聞くと、よく交通マナーが悪いと言われることがあります。

交通事故死亡者数も長い間、全国1位だった事あり、そういうイメージが強いのでしょう。

僕は車もバイクも乗る人間ですが、そこまで交通マナーが悪いという印象ではありませんでした。

勿論、時々マナーの悪い車を見かけて嫌な気分になる事もありましたが、それは別に名古屋に限った話ではありません。

逆に関西に引っ越してきて、こっちの人はイラチ(せっかち)な人が多く、それで危ないなぁと思う事は何度かありました。

慣れたらなんて事はなくなるかもしれませんが、運転マナーの悪い人はどこでも一定数いるので、特に名古屋の交通事情が悪いとは個人的には思いませんでした。

 

コンパクトで暮らし易い

名古屋のテレビ塔。久屋大通の辺りは少し札幌の街と似てた。

僕が住んでいた賃貸からは歩いて鶴舞線に乗れる範囲だったので、休日は地下鉄に乗って色んな所へ遊びに行きましたね。

名古屋は主に3つ(1つだけ短い路線あり)の地下鉄が走っていて、地下鉄に乗れば大抵の行きたい場所には行けました。

ドニチエコきっぷという600円で市営地下鉄と市営バスが乗り放題になる券が駅やバスで買えるので、それで色々と行けたのです。

ただし、名古屋と言っても行っても遊べる場所がそんなに沢山あるわけではありません。

僕がよく行く場所は名古屋駅周辺・矢場町・栄・大須辺りが多かったです。

買い物や遊びにしても、上記のエリアでだいたい事足りる感じでした。

だから、長く住んでいると少々刺激が少なくて飽きてきたのも、正直ありましたね。

ただ、名古屋駅や栄の辺りは再開発が進んでおり、新しいビルが建設中だったりして街の成長が活発だと思います。

なんだかんだで名古屋で暮らしていて、良い思い出も多かったので、また縁があれば名古屋で暮らしてみたいですね。

 

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